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富岡製糸場とぐんまちゃん ST005137 500円券 希望小売価格530円|ギフト券や商品券の購入ならQUOカード【株式会社クオカード】  富岡製糸場とぐんまちゃん 500円券

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寄附について

※本カードの収益の一部は群馬県が行う「群馬県世界遺産・ぐんま絹遺産継承基金」に寄附され、「富岡製糸場と絹産業遺産群」をはじめとする「ぐんま絹遺産」の継承に資する事業に役立ちます。

年度 寄附実績 ご報告〜
富岡製糸場とぐんまちゃんQUOカードの販売実績における年度の寄附額は、64,418円でした。
ご購入いただきました皆様ありがとうございました。

 

世界遺産登録 富岡製糸場と絹産業遺産群

「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、長い間生産量が限られていた生糸の大量生産を実現した「技術革新」と、世界と日本と の間の「技術交流」を主題とした近代の絹産業に関する遺産です。日本が開発した絹の大量生産技術は、かつて一部の 特権階級のものであった絹を世界中の人々に広め、その生活や文化をさらに豊かなものに変えました。

歴史的な背景

絹は紀元前の中国で発明され、19世紀のヨーロッパで大量生産が始まりました。このころ開国した日本は技術の輸入に努め1872年には富岡製糸場が創られ、国中の製糸業が近代化しました。さらに独自に技術革新も起こり、原科繭の大量生産に成功しました。その結果、日本は20世紀初めには世界中に安価で良質な絹を輸出、高級繊維の絹をより身近な存在に変えました。さらに第二次大戦後は、生糸生産のオートメーション化にも成功、自動繰糸機は全世界に輸出され、絹の大衆化に貢献しました。

富岡製糸場

フランスの技術を導入した日本初の本格的製糸工場

明治5年(1872)に明治政府が設立した官営の器械製糸場です。民営化(1893)後も一貫して製糸を行い、製糸技術開発の最先端として国内養蚕・製糸業を世界一の水準に牽引しました。また、田島家、荒船風穴、高山社などと連携して、蚕の優良品種の開発と普及を主導しました。和洋技術を混交した工場建築の代表であり、長さ100mを超える木骨(もっこつ)レンガ造(ぞう)の繭倉庫や繰糸場など、主要な施設が創業当時のままほぼ完全に残されています。

富岡製糸場
富岡製糸場
富岡製糸場

田島弥平旧宅

瓦屋根に換気設備を取り付けた
近代養蚕農家の原型

通風を重視した蚕の飼育法「清涼育(せいりょういく)」を大成した田島弥平が、文久3年(1863)に建てた住居兼蚕室です。間口25m、奥行9mの瓦葺き総2階建てで、初めて屋根に換気用の越屋根(こしやね)が付けられました。この構造は、弥平が「清涼育」普及のために著した、「養蚕新論」「続養蚕新論」によって各地に広まり、近代養蚕農家の原型になりました。

高山社跡

日本の近代養蚕法の標準「清温育」を開発した場・養蚕教育機関

明治16年(1883)、高山長五郎(たかやまちょうごろう)は、通風と温度管理を調和させた「清温育」という蚕の飼育法を確立しました。翌年、この地に設立された養蚕教育機関高山社は、その技術を全国及び海外に広め、清温育は全国標準の養蚕法となりました。明治24年(1891)に建てられた住居兼蚕室は「清温育」に最適な構造で、多くの実習生が学びました。

荒船風穴

自然の冷気を利用した日本最大
規模の蚕種(さんしゅ)貯蔵施設

明治38年(1905)から大正3年(1914)に造られました。岩の隙間から、吹き出す冷風を利用した蚕種(蚕の卵)の貯蔵施設で、冷蔵技術を活かし、当時年1回だった養蚕を複数回可能にしました。3基の風穴があり、貯蔵能力は国内最大規模で、取引先は全国40道府県をはじめ朝鮮半島にも及びました。



日本全国ご当地QUOカード 地域の皆様とご一緒に、その土地に根ざしたデザインの「ご当地QUOカード」を作りました。ご当地ならではの魅力を日本全国たくさんの方に知っていただけるように、また、地域の様々な活動にお役立ていただけるように、日本各地で取組んでまいります。
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